
就学前健診で“発達障害の疑い”といわれたら?親が知っておきたい対応と心構え
秋から冬にかけて行われる「就学前健診」。
来春から小学校に入る子どもたちにとっては、学校生活への第一歩です。この健診で「発達の面で少し気になるところがあります」「一度相談してみましょう」と言われ、戸惑う保護者も少なくありません。
突然「発達障害の疑い」と言われたら、心配になって当然です。しかし、それは“診断”ではなく、「少し支援があるとよりよく成長できるかもしれません」というサイン。
この記事では、就学前健診で指摘を受けたときの受け止め方と、次にどう動けばよいかをわかりやすくまとめました。
監修者:臨床心理士・公認心理師 新井知佳
目次
「発達障害の疑い」とはどういう意味?

就学前健診で「発達障害の疑いがあります」と言われると、頭が真っ白になってしまう方も多いでしょう。しかし、ここで伝えられる「疑いあり」というのは、“何か問題がある”という断定ではなく、成長の中に少し気になる点が見られたという意味です。
たとえば、
・言葉の理解や会話のテンポが少しゆっくりしている
・集団行動の中で動きが落ち着かない
・人と上手にコミュニケーションをとれない
など、ほんの小さな“発達の凸凹”を専門家が感じ取ったときに、「一度詳しく見てもらうといいかもしれません」と伝えられるケースが多いです。
「疑い=診断」ではない
この段階ではあくまで“気づき”のレベルです。医師や心理士による発達検査や観察を経てはじめて診断がつくものであり、就学前健診の短い時間では判断できません。
発達のスピードには個人差があり、5歳・6歳ごろは特に、心や体の成長の幅がとても広い時期です。同じ年齢でも、「おしゃべりが得意な子」「身体を動かすのが得意な子」「ひとり遊びが好きな子」など、個性の表れ方はさまざま。そうした“得意・不得意の差”が少し大きく見えるだけで、必ずしも発達障害とは限りません。
実際に、「健診では気になると言われたけれど、小学校に入ったら落ち着いた」というケースも少なくありません。ですから、「疑い」と言われた時点では、“今の時点で少しサポートが必要かもしれない”というサインとして受け止めてください。
発達障害のタイプ
発達障害という言葉は、とても広い意味を持っています。
代表的な3つのタイプを知っておくと、指摘の内容を理解しやすくなります。
・自閉スペクトラム症(ASD)
主に3つの特性がみられます
①人との関わりやコミュニケーションが苦手
(例:表情をみて相手の気持ちを読み取る)
②興味にかたよりがある・こだわりが強い
(例:ごっご遊びができない、物の置き方にこだわる)
③感覚と運動にかたよりがある
(例:特定の感触を嫌がる、手先が不器用)
これらの特性は、障害の重症度や、知的障害の有無、成長に伴う変化によって一人ひとり異なります。
・注意欠如・多動症(ADHD)
主に3つの症状がみられます。
①不注意(例:忘れ物が多い)
②多動性(例:じっとしていられない)、
③衝動性(例:急に走りだす)
ただし、この3つの症状の表れ方には個人差があります。「不注意」だけが目立つ子もいれば、「多動性」や「衝動性」が目立つタイプの子もいます。なお、本人が症状を理解して対処できるようになると(例:忘れ物をしないように、チェックリストを作る)、症状が目立たなくなることもあります。
・学習障害(LD)
知的な遅れはないのに、「読む」「書く」「計算する」など特定の学習分野に苦手さがあるタイプです。
就学前では気づきにくいことも多く、文字学習が始まる小学校以降にわかることもあります。
ただし、これらはあくまで「傾向」であり、診断を下すには専門的な評価が必要です。
健診で指摘されやすい“気になるサイン”

就学前健診では、短い時間の中で医師や保健師、心理士などが子どもの様子を観察し、
言葉や行動、社会性の発達が年齢相応に進んでいるかを確認します。その際、次のような行動が見られるときに「少し気になりますね」「一度、発達相談を受けてみましょうか」といった声かけをされることがあります。
集中や落ち着きに関するサイン
・座っていられず、順番を待つのが苦手
・興味があるものにすぐに飛びつく
・周りの刺激(音・人・動き)に反応しやすく、気が散りやすい
こうした姿は「注意欠如・多動症(ADHD)」の特徴に似ていますが、5〜6歳はもともと集中力が短く、少しずつ伸びていく時期でもあります。“気になる”と指摘されても、成長とともに落ち着いてくる子も多いです。
言葉やコミュニケーションに関するサイン
・話しかけても返事がなかったり、言葉が遅い
・質問の意図を理解しにくい
・自分の世界に入りやすく、視線が合いにくい
これは「自閉スペクトラム症(ASD)」の特徴に重なる部分もありますが、初対面の大人が多い健診の場では、緊張して言葉が出にくくなる子もいます。慣れない環境・不安・人見知りといった要素も大きく影響します。
指示理解・行動面のサイン
・「ここに座ってね」「この順番でやってね」などの指示が通りにくい
・話を最後まで聞く前に動いてしまう
・ルールを理解するのに時間がかかる
指示が通らないように見えても、実は「聞き取りにくい」「言葉の意味がまだ分かっていない」など、言語発達や集中の発達途中であることもあります。言葉を絵やジェスチャーで補うことで、理解がスムーズになる場合もあります。
感覚やこだわりに関するサイン
・音や光、服のタグ・素材などに過敏に反応する
・食べ物の触感を嫌がる/偏食が強い
・並べる・繰り返すなど、同じ行動に安心感を持つ
こうした感覚の特徴は、ASDの傾向でもよく見られますが、発達に関係なく「感覚が敏感な子」「新しい刺激に慣れるのが苦手な子」も多くいます。感覚の強弱は個性であり、支援や工夫次第で本人も快適に過ごせます。
社会性や対人関係に関するサイン
・他の子と関わるより一人で遊びたがる
・遊び方が独特で、集団のルールに入りにくい
・相手の気持ちを読み取るのが苦手に見える
こうした様子もASDの傾向に似ていますが、家庭での関わり方・きょうだい構成・性格によっても違いが出ます。「ひとり遊びが好き=問題」ではなく、性格や安心できる距離感の表れであることも。
就学前健診は、子どもにとって非日常の場です。知らない先生、慣れない場所、長い待ち時間…。その緊張や疲れが原因で、普段より落ち着かなくなることもあります。「前日によく眠れていなかった」「初めての場所で緊張していた」「たくさんの大人の前で不安だった」などという要因でも、いつもより反応が鈍くなったり、落ち着かなくなったりします。「その日の様子=その子のすべて」ではないということを、まず心に留めておきましょう。
指摘を受けたときの正しい受け止め方

健診で何かを指摘されると、「うちの子はおかしいの?」「私の育て方が悪かったの?」「これからどうすればいいの?」そんな不安が一気に押し寄せてくるのは当然のことです。
でも、まず最初に伝えたいのは、誰もあなたを責めていないということ。そして、その言葉は「問題があります」ではなく、「少しサポートを考えましょう」という提案なのです。
就学前健診は、子どもの健康状態だけでなく、「小学校生活にスムーズに移行できるようにサポートする」ために行われます。発達の指摘は、“早めに気づいて、困る前に支援を始めるためのアラート”です。学校に入ってから「集中できない」「指示が通らない」「友達関係でつまずく」といった困りごとが出てから支援するより、就学前に少しずつ準備を始めた方が、子どもにとっても保護者にとってもずっと楽になります。健診での指摘は「診断」ではなく、「スタート地点」。このタイミングで気づけたこと自体が、とても前向きな一歩なのです。
また、発達の相談は、実はどの地域でも非常に多く寄せられています。特にここ数年は、発達に関する情報が広まり、健診での確認もより丁寧になっています。ですから、「発達の指摘を受けた=特別なこと」ではありません。子どもたちはそれぞれ違ったスピードで成長します。今は苦手に見えることも、時間をかけて少しずつできるようになることがたくさんあります。焦る必要はありません。大切なのは、今の姿をそのまま受け止めて、次のステップを一緒に考えることです。
次にどう動けばいい?相談・支援の流れ

健診で「一度相談してみてください」と言われたら、以下のような流れでサポートを受けられます。
① 地域の発達相談窓口を利用する
まずは、お住まいの市区町村の発達相談センターや保健センターに連絡を。ここでは、心理士や発達支援員が子どもの様子を見て、「今の段階で気をつけること」や「必要なサポート」を一緒に考えてくれます。
・「健診でこう言われたのですが…」と伝えるだけでOK
・面談や簡単な行動観察を通して、発達の全体像を確認
・必要に応じて、医療機関や支援施設を紹介してもらえる
多くの自治体では無料で相談でき、保護者の不安を受け止める専門職がいます。
「相談=特別扱い」ではなく、「成長の道筋を一緒に探す場」と考えてください。
② 医療機関での診察・発達検査
次のステップとして、小児科や児童精神科などで診察・知能検査や発達検査を受けることがあります。指摘を受けた後に受診する場合、本人の状態を正確に把握できるように知能検査や発達検査をします。
・知能検査(WISCなど)、発達検査(新版K式発達検査など)を実施
・「発達障害の診断」を目的とするだけでなく、支援方針を決めるための評価
・検査結果をもとに、必要に応じて療育(発達支援)を紹介されることも
診断名がつくことを恐れる保護者も多いですが、診断=ラベルではなく、支援のための“地図”です。診断があることで、行政のサポートや学校での配慮を受けやすくなります。
③ 幼稚園・保育園との連携
子どもが毎日を過ごしている園の先生は、家庭では見えない姿をよく知っています。家庭だけで悩むよりも、園と情報を共有しながら一緒に見守ることが大切です。
・園での様子(集団行動・友達との関わり・遊びの傾向など)を教えてもらう
・家庭での様子(言葉、睡眠、食事、こだわりなど)を共有する
・支援センターや療育先との橋渡しをしてもらうことも可能
園の先生は「特別視」ではなく、「どうすればうまく過ごせるか」を一緒に考えてくれます。家庭と園の連携は、支援の質を大きく高めます。
④ 自治体や学校との連携(就学相談)
年長の後半になると、自治体で「就学相談」という制度が始まります。これは、小学校入学後に「どんな環境がその子に合うか」を話し合うための場です。
・発達支援センターや教育委員会の担当者、保護者が一緒に話し合い
・通常学級・支援学級・通級指導教室など、本人に合った学びの形を検討
・必要に応じて、小学校側と事前に打ち合わせ
就学相談は「どこに通わせるかを選ぶ場」ではなく、「どうすれば安心して学校生活を送れるかを一緒に考える場」です。早めに動くことで、入学後のサポート体制がスムーズになります。
家庭でできること・親の心のケア

発達支援の出発点は、「できていないこと」ではなく「できていること・好きなこと」を見つけることです。家庭は、子どもが安心して挑戦できるいちばんの場所。特別な支援でなくても、日々の関わり方を少し工夫するだけで、子どもの自信と笑顔が増えていきます。
「できた!」を一緒に喜ぶ
子どもにとって、親の「できたね!」という言葉ほど大きな励ましはありません。たとえ小さな一歩でも、“できた瞬間を見逃さずに共有する”ことが、自己肯定感を育てます。
・靴を自分で履けた
・お片づけを手伝えた
・今日は順番を待てた
そんな小さなできごとを、「できたね」「昨日よりスムーズだったね」と言葉にしてあげましょう。「できないこと」に目が行きやすいときほど、“できたことリスト”を作ってみるのもおすすめです。
ルールはシンプルに、目で見てわかるように
発達に特性がある子どもは、「耳で聞くより、目で見たほうが理解しやすい」傾向があります。ルールや約束事は、短く・具体的に伝えるのがポイントです。
・「ちゃんとしなさい」→「おもちゃは箱に入れよう」
・「早くして」→「靴を履いたら玄関で待とう」
また、イラストカードやスケジュール表など“見える工夫”を使うと、子どもが安心して行動しやすくなります。
得意な遊びや興味を伸ばす
子どもの集中や成長は、“好きなこと”の中でこそ大きく伸びます。
・絵を描くのが好きなら、自由に表現できる環境を
・数字に興味があるなら、買い物ごっこや時計遊びを
・体を動かすのが得意なら、外遊びやスポーツを増やす
「遊び=学び」の気持ちで、楽しみながら得意を育てることが、結果的に苦手分野を支える力にもなります。
親が安心できる場を持つ
子どもを支えるには、まず親自身が安心していることが大切です。頑張りすぎて疲れてしまったときは、少し立ち止まる勇気も必要です。
・カウンセリングで気持ちを整理する
・同じ悩みを持つ親と話して「うちもそうだよ」と共感を得る
・パートナーや家族に「今日は疲れた」と伝える
「弱音を吐く=ダメな親」ではありません。誰かに話せることが、いちばんのセルフケアです。
子育ては、いつも完璧でいようとすると苦しくなります。発達支援の道のりも、長いマラソンのようなもの。焦らず、比べず、「いまのペースで大丈夫」と自分にも声をかけてあげてください。もし不安や悩みが出てきたときは、迷わず相談してOK。発達支援センター、園の先生、医師、カウンセラーなど、あなたと子どもを一緒に支えてくれる人は、思っているよりずっと多くいます。
・発達障害者支援センター・一覧 | 国立障害者リハビリテーションセンター
まとめ
・「発達障害の疑い」は診断ではなく、早めのサポートのきっかけ
・指摘は問題ではなく、成長を支えるためのアラート
・親の安心と行動が、子どもの自信と笑顔を育てる
就学前健診で指摘を受けても、心配しすぎる必要はありません。それは、子どもの可能性を広げるための気づきです。焦らず、比べず、家庭・園・地域が一緒に支えることで、その子らしい成長の道が見えてきます。
新井知佳
臨床心理士・公認心理師
臨床心理士・公認心理師の資格を持ち、小児科やスクールカウンセラーとして、子どもや保護者の心に寄り添う支援に従事。現在は、小学生の長女と、自閉スペクトラム症・知的発達症をもつ年長の長男の子育てを中心とした生活を送りながら、専門家としては主に認知症の心理評価などを行っている。子育ての実体験と心理の専門知識を生かし、発達や子育てに悩む家族への情報発信や支援活動にも取り組んでいる。