
犯罪被害者の新たな支援:犯罪被害者等支援弁護士制度とは~事件後に必要とされる支援のかたち~
事件が起きると、警察が動き、報道が出て、やがて社会の関心は次の話題へ移っていきます。逮捕や起訴が報じられることで、出来事が「一段落した」と受け止められることもあります。
しかし、被害者や遺族にとって、事件は終わっていません。
被害直後、精神的・身体的な負担を抱えたまま、法的手続きや関係機関への対応、加害者側とのやり取りなど、多くの判断を迫られる現実があります。
経済的な事情から、弁護士による支援を受けることが難しいケースも少なくありません。
事件の「処理」と、被害者の「回復」は別の問題です。
その間に生じてきた支援の空白を埋めるため、2026年1月13日、犯罪被害者等支援弁護士制度が開始されました。被害直後の早い段階から、弁護士による継続的かつ包括的な援助を行うことを目的とした制度です。
今回は、この犯罪被害者等支援弁護士制度について、なぜこの制度が必要とされたのか、どのような支援を行うのかを整理していきます。
監修者:元警察官 安井かなえ
目次
犯罪被害者が直面する「事件後の現実」

犯罪被害に遭った直後、被害者やその家族は強い心理的ショックを受けます。
突然起きた出来事を受け止めきれないまま、不安や恐怖、不眠、集中力の低下などが生じ、日常的な判断や行動が難しくなることも少なくありません。
同時に、生活そのものが大きく揺らぎます。
仕事や学業を続けられなくなる、医療機関への通院が必要になる、収入が途絶えるなど、事件とは直接関係がないように見える部分にも影響が及びます。被害は一時的なものにとどまらず、生活全体に広がっていきます。
その中で、被害者は複雑な法律や手続きにも直面します。
被害届や供述、示談や損害賠償、刑事裁判への関与など、専門的な知識を前提とした判断を求められる場面が続きます。しかし、精神的・身体的な負担が大きい状況下で、これらを十分に理解し、適切に対応することは容易ではありません。
さらに、経済的な事情から、弁護士による支援を受けることが難しいケースもあります。
事件による収入減や医療費の増加が重なる中で、法律相談や代理人選任にかかる費用が大きな壁となり、専門家への相談自体をためらわざるを得ない状況に置かれることもあります。
こうした状況の中で、被害者が孤立してしまうケースも少なくありません。
周囲に相談しづらい、支援制度の存在を知らない、誰に何を頼ればよいのか分からないまま時間が経過してしまうこともあります。結果として、本来受けられるはずの支援につながらないまま、問題を一人で抱え込む状況が生まれてきました。
警察の役割と、その限界

警察の役割は、犯罪の発生を受けて事実関係を明らかにし、証拠を収集し、加害者を検挙・送致することにあります。捜査は、公共の安全と刑事司法の適正な運用を目的としたものであり、特定の当事者の利益を代弁する立場ではありません。
警察が担う役割
・事件の事実関係の解明
・証拠の収集・分析
・加害者の検挙および送致
・刑事事件としての適正な捜査手続きの遂行
被害者からの事情聴取や被害届の受理は捜査の重要な一部ですが、警察はあくまで中立的な立場で手続きを進めます。そのため、被害者の意向に沿った助言や、個別の法的判断を継続的に支援することには、制度上の制約があります。
警察が対応できない領域
警察が関与できる範囲は、刑事事件としての枠組みに限られています。
次のような分野は、警察の本来の職務には含まれていません。
・示談や損害賠償などの民事上の問題
・生活再建や長期的な心理的支援
・報道対応や二次被害への対処
捜査が進行し、送致や起訴といった節目を迎えると、警察の関与は徐々に減少していきます。一方で、被害者が抱える不安や課題は、その後も長期間にわたって続くことが少なくありません。
警察は犯罪の解明と処罰を担う重要な役割を果たしていますが、それだけで被害者の回復や生活の立て直しまでを十分に支えることは難しいのが実情です。
この「役割の限界」を前提に、被害者を継続的に支える別の仕組みが必要とされてきました。
犯罪被害者等支援弁護士制度とは

犯罪被害者等支援弁護士制度は、犯罪被害者やその家族が、被害直後から必要となる対応(刑事手続/民事的な対応/行政手続など)を一人で抱え込まず、専門的な支援が継続的に受けられる仕組みを提供することを目的としています。
精神的・身体的な被害や経済的な事情から弁護士への相談や支援が難しかった人にも、制度を通じてアクセスしやすくする点が特徴です。(日本司法支援センター 法テラス)
何を支援するのか
本制度では、被害者の日常生活や法的対応に関わるさまざまな局面で、弁護士による支援が提供されます。具体的には、次のような支援が含まれます:
・法的助言・相談対応
弁護士との相談が無料で受けられるほか、刑事手続きや今後の見通しなどへの助言が得られます。
・捜査機関への同行や刑事裁判対応
捜査機関・裁判所等の対応に際し、弁護士が同行・助言を行い、手続きの流れや関わるべきポイントを整理します。
・示談・損害賠償請求対応
加害者側との示談交渉や損害賠償請求など、多様な対応について弁護士が代理・調整する支援を行います。
・行政手続対応
犯罪被害者等給付金の申請など、行政サービス利用に関する手続きについても支援の対象となります。
誰が利用できるのか
制度の利用には、対象となる犯罪の種類と要件が定められています。
主な概要は以下の通りです:
・対象となる犯罪
・故意の犯罪行為で人を死亡させたもの(例:殺人、危険運転致死など)
・刑法上の一定の性犯罪(不同意性交等、不同意わいせつなど)
・傷害罪で治療期間が3か月以上の被害や一定の後遺障害がある場合
・資力要件(経済的基準)
支援を受ける人とその配偶者の現金・預金等の合計が一定額以下(原則300万円以下)であることが要件となります。
※ 特別な事情がある場合には、配偶者の資力を考慮しない措置もあります。
・利用者の範囲
被害者本人のほか、被害者本人が死亡した場合などにはご家族も対象となる場合があります。
・無料での利用
支援は原則として無料で利用できます(一定の条件で例外あり)。
犯罪被害者等支援弁護士制度は、事件発生後の初期段階から、専門的な視点に基づいた包括的かつ継続的な支援を受けられる仕組みです。
刑事手続だけでなく、民事的な請求や行政手続にも対応することで、被害者が一人で対応の選択肢を判断する負担を軽減する役割を担っています。
「弁護士が早く関わる」ことの意味

犯罪被害の直後、被害者やその家族は、強い心理的負担を抱えながら、数多くの判断を迫られます。この段階で弁護士が関わることには、単に法的な助言を受けられる以上の意味があります。
判断を一人で抱えなくていい
被害直後は、冷静な判断が難しい状態に置かれることが少なくありません。
弁護士が早期に関わることで、
・何を急いで決める必要があるのか
・どの判断は時間をかけてもよいのか
・今後、どのような選択肢が考えられるのか
といった点を整理することができます。
被害者が一人で判断を背負わずに済むことは、心理的な負担の軽減にもつながります。
不利な選択を避けられる
事件直後は、情報不足のまま判断を迫られる場面も多くあります。
示談への対応や供述の在り方、加害者側との接触などについて、十分な理解がないまま進めてしまうと、後になって不利な結果につながる可能性もあります。
弁護士が早期に関与することで、
・将来的な影響を見据えた選択ができる
・取り返しのつかない判断を避けられる
・被害者の権利や立場を適切に守る対応が可能になる
といった効果が期待されます。
「声を代弁してくれる存在」の重要性
被害者自身が、加害者側や関係機関、報道関係者と直接向き合うことは、大きな精神的負担を伴います。
弁護士が間に入ることで、
・被害者の意向や立場を適切に伝える
・不必要な接触や対応を避ける
・感情的な負担を軽減する
といった役割を果たします。
弁護士は、被害者の「代わりに話す」存在であると同時に、被害者の立場を法的に整理し、外部に伝える役割を担います。
早期にこうした存在が関わることは、被害者が孤立せず、回復に向けた一歩を踏み出すための重要な支えとなります。
社会として、この制度をどう活かすか

犯罪被害者等支援弁護士制度は、被害直後から重要な役割を果たす制度ですが、その存在が知られていなければ活用されることはありません。
被害者自身が制度を探し出し、内容を理解し、利用を判断することを前提にするのではなく、周囲が制度を「知っている」状態をつくることが重要です。
学校・自治体・支援団体が知る意味
被害者やその家族が最初に相談する相手は、必ずしも警察や弁護士とは限りません。
学校、自治体、医療機関、支援団体など、日常的に関わりのある組織が制度を理解していれば、
・適切なタイミングで情報を伝えられる
・支援先につなぐ選択肢を提示できる
・被害者の孤立を防ぐことができる
といった効果が期待されます。
事件を「終わらせない」支援の視点
事件は、捜査や裁判が終われば社会的には一区切りと受け止められがちです。しかし、被害者の生活や回復は、その後も続いていきます。
犯罪被害者等支援弁護士制度は、事件を「処理して終わらせる」のではなく、被害の影響が続く時間に寄り添うための仕組みです。社会全体がこの視点を共有することで、被害者支援は一時的な対応から、継続的な支援へと広がっていきます。
まとめ
・犯罪被害は、事件が報道されなくなった後も続く
・警察の役割には限界があり、被害者支援を担う別の仕組みが必要だった
・犯罪被害者等支援弁護士制度は、その空白を埋めるための制度である
犯罪被害者等支援弁護士制度は、事件を「終わらせる」ための制度ではありません。被害の影響が続く時間に、被害者の隣に立ち続けるための仕組みです。
この制度が本来の役割を果たすためには、被害者本人だけでなく、周囲の人や関係機関がその存在を知り、適切につなぐことが欠かせません。事件後の支援を社会全体で支える視点が、これから一層求められています。
安井かなえ
元警察官
小学生と幼稚園児までの3人の子どもの肝っ玉母ちゃん。警察庁外国語技能検定北京語上級を持つ。 交番勤務時代に少年の補導や保護者指導を経験後、刑事課の初動捜査班で事件現場に駆けつける刑事を経て、外事課では語学を活かし外国人への取り調べや犯罪捜査などを行う。 現在は、防犯セミナー講師として企業や市民向けに活動中。 好きな音楽はGLAY。