
熊谷連続殺人事件から学ぶ防犯対策
2015年9月、埼玉県熊谷市で発生した連続殺人事件をご存知でしょうか。この事件で6人の尊い命が奪われました。ペルー人の容疑者が、警察の追跡中に3世帯の民家に侵入し、高齢者や子どもを含む6人を次々と殺害したのです。
当時、埼玉県警の警察官を退職して間もない私は、テレビ報道でこの事件を知り、言葉を失うほどの衝撃を受けました。平穏な住宅街で起きたこの事件は、地域社会に深い傷を残し、私たちに防犯の重要性を強く認識させました。
この教訓を活かし、今後の防犯対策に繋がるヒントをお伝えします。
執筆 元警察官 安井かなえ
目次
事件が浮き彫りにした防犯の課題

この事件では、警察の初動対応の遅れや情報共有の不足が被害拡大の一因と指摘されています。当時、容疑者は市内の民家に立ち入っていたところを発見され、事情聴取のために地元の警察署へ連行されました。しかし、喫煙のために外へ出た隙に逃走し、その後も十分な警戒態勢や地域住民への情報共有が徹底されないまま、複数の民家に侵入し凶行に及びました。
もし容疑者が警察署から逃走した段階で、速やかに地域全体へ情報が共有され、住民が警戒を強めていれば、一部の被害は防げた可能性もあります。
この事件は、警察の初動対応と情報伝達体制の不備が深刻な結果を招くことを示した象徴的な事例です。事件を他人事とせず、自分ごととして捉え、子どもや地域を守るための行動を今一度見つめ直しましょう。
警察がいくら情報発信をしていても、私たちが情報を受け取る体制を整えなければ意味がありません。防犯情報をいち早くキャッチしてほしいと思います。
子どもを守るために私たちができる備えを

熊谷事件は、住宅街という「安全なはずの場所」で起きました。子どもを守るために、できることから始めてみませんか。
1. 家族と地域で築く防犯意識
家族全員で防犯意識を高めることが大切です。緊急時の連絡方法を決め、子どもには「何かおかしい」と感じたらすぐに親に連絡するよう伝えましょう。私の家では、子どもだけで出かける際にはGPSで位置情報を共有し、居場所をこまめに確認しています。
地域の自治会やPTAでの情報交換も有効です。
この事件をきっかけに、警察と行政、自治会が連携して犯罪情報を提供する地域防犯の枠組み「熊谷モデル」が誕生しました。熊谷モデルは、警察・行政・自治会が連携し、住民にリアルタイムで情報を共有する仕組みです。何かあれば防災無線やメールで住民に知らせるこの取り組みは全国に広まりました。熊谷モデルを活用し、防犯意識を高めながら家族で「地域の目」を意識しましょう。
2. 親としての心構え
事件の詳細を知ると、誰しも恐怖や不安を感じることでしょう。私自身も子どもの安全を考えるたびに心が締め付けられます。しかし、ただ不安がるだけでなく、それを防犯への行動力に変えることが大切です。地域の防犯パトロールに参加したり、子どもと防犯について話す時間を増やしたりすることで、安心感を築けます。悲劇を繰り返さないため、親として地域の安全を支える役割を担いましょう。
3. 警察の対応から学ぶ教訓
熊谷事件における警察の対応には課題があったと感じています。容疑者が逃走中である情報が迅速に地域に共有されていれば、被害の一部は防げたかもしれません。この課題は各地で議論され、当時、警察内部でも情報伝達の遅れに対する反省が広がりました。
警察には、リアルタイムでの情報発信と住民との信頼構築が求められます。
4. 犯罪者の行動パターンと予防策
多くの事件を扱う中で感じたのは、犯罪者は「防犯意識の低さ」という隙を狙っているということです。熊谷事件の容疑者は、施錠されていない家や人通りの少ない場所を選びました。住宅の防犯対策としては、ガラスへの防犯フィルムを貼りつけたり、人感のセンサーライトなどの活用が効果的です。可能であれば防犯カメラの設置もおすすめします。
地域全体で見通しの良い環境を作ることも大切です。街灯の増設や植え込みの剪定を自治会で提案し、犯罪者が隠れにくい環境を整えましょう。不審者情報の早期共有は、最も有効な予防策のひとつです。
5. 家庭と地域での実践的な防犯技術
具体的な防犯ツールも活用しましょう。子どもには防犯ブザーを持たせ、使い方を練習させてください。GPSや防犯アプリを活用し、子どもの位置を確認するのも有効です。
自宅では、防犯カメラを設置することで、侵入リスクを軽減できます。
私が刑事として現場で学んだのは、「犯罪機会の排除」が鍵であるということです。「この家は防犯対策がしっかりしている」と犯罪者に思わせるだけでも、侵入のリスクが減るでしょう。
「熊谷モデル」とその意義

2015年の熊谷事件をきっかけに考案された、地域の安全を守るための「熊谷モデル」は全国に広まりつつあります。警察・市・自治会が連携し、不審者情報を迅速かつ正確に共有することで、住民がすぐに警戒や対応できる体制を整えました。
SNSでの発信やメール配信を通じて、住民はリアルタイムで最新の情報を受け取ることができ、従来の「口コミ」や「掲示板」頼りだった防犯のあり方を大きく変えたのです。
私の住む大阪でも、大阪府警がアプリやメールを通じて、不審者情報や事件速報といった防犯情報を日々発信しています。情報発信の登録を呼びかけるチラシも定期的に配布され、認知度も高いと感じます。これにより、保護者は登下校中の子どもを安心して見守ることができ、地域の高齢者も安心して外出できる環境が少しずつ整っています。
さらに、自治会では防犯訓練や子ども向けの安全教室を定期的に実施し、地域全体の防犯意識を底上げする取り組みを重ねています。住民参加型の活動は、単に情報を受け取るだけでなく、住民一人ひとりが「自分の地域は自分たちで守る」という意識を育むことにもつながっていると感じています。
熊谷事件の悲しい教訓を風化させることなく、私たちが今できる防犯を小さな一歩から始めることが、未来の安心・安全へとつながります。情報を受け取ったときに「少し注意してみよう」と意識することや、防犯活動に積極的に参加することが、結果的に地域全体の大きな力となります。
まとめ
・凶悪な事件は「平穏な住宅街でも事件は起こり得る」こと、そして熊谷事件は防犯意識の欠如や情報共有の遅れが被害拡大の要因のひとつとなった。
・家庭・地域での防犯意識を高めていくことが大切。
・「熊谷モデル」に代表されるように、警察・行政・地域が連携して迅速に情報を共有し、住民一人ひとりが防犯に参加する仕組みが今後も必要になる。
私たちができる防犯対策は難しいことばかりではありません。
毎日の戸締まり確認や地域での声かけ、情報の受け取り体制を整えることが、家族や地域を守る第一歩です。
熊谷事件の教訓を風化させず、小さな行動を積み重ねることで、安心して暮らせる地域社会を目指しませんか。

安井かなえ
元警察官
小学生と幼稚園児までの3人の子どもの肝っ玉母ちゃん。警察庁外国語技能検定北京語上級を持つ。 交番勤務時代に少年の補導や保護者指導を経験後、刑事課の初動捜査班で事件現場に駆けつける刑事を経て、外事課では語学を活かし外国人への取り調べや犯罪捜査などを行う。 現在は、防犯セミナー講師として企業や市民向けに活動中。 好きな音楽はGLAY。