地域安全マップの効果と正しい作り方ー 地域社会での防犯知識を高める方法

みなさんは「地域安全マップ」というものをご存じでしょうか。これは単なる地図ではなく、地域の危険箇所を可視化し、犯罪リスクを減らすための教育ツールです。

特に子どもたちが安心して生活できる環境を整えるために、その役割は大きなものとなっています。しかし、正しく作成されないと誤った防犯対策につながる可能性もあります。

本記事では、地域安全マップの正しい作り方やその効果、さらによくある誤解について詳しく解説します。

監修者:小宮信夫 先生

地域安全マップとは? ー 単なる地図ではなく「危険を見抜く力」を育てるツール

地域安全マップは、犯罪が発生しやすい場所を視覚的に示す地図ですが、単なる住所や地形を示すものではありません。2002年に私が考案したこの手法は、「入りやすい場所」と「見えにくい場所」という二つの視点から、危険なエリアを洗い出し、その背景にあるリスクを理解することを目的としています。

私たちは日常的に地図ではなく景色を見ながら歩いており、これは犯罪者も同様です。彼らは地図ではなく、周囲の景色から犯行場所を選んでいます。したがって、危険を予測するためには、地図の情報だけでなく、景色そのものを理解する力が重要です。

このため、地域安全マップづくりでは、参加者が実際に街を歩きながら、危険な要素を発見し、それを「入りやすい」「見えにくい」といった防犯キーワードを使って記録します。これは単なる地図作りではなく、「危険を見抜く力」を育てる実践的な体験です。

さらに、学習理論によれば、人は読んだだけでは情報の10%しか記憶できませんが、自分で実践すれば75%、他人に教えれば90%の定着率があります。つまり、地域安全マップは「自分で見て、考え、共有する」ことが本質であり、その体験こそが真の防犯力を育む鍵となるのです。

地域安全マップのアイデアは、もともと明確な防犯理念から生まれたものではありませんでした。私が立正大学で教鞭をとっていた頃、学生たちに実践的な学びを提供するために考案したのが始まりです。

当時、学生たちはアンケート調査を中心とした学外実習を行っていましたが、これでは犯罪機会論を十分に理解させることができないと感じ、街を歩きながら危険な場所を探し、それを地図にまとめる方法を考えました。最初は、退屈に感じるかもしれないという不安もあり、調査の後に遊園地に行くという「おまけ」をつけたほどでした。

しかし、意外なことに学生たちは調査後も熱心に議論を続け、遊園地で遊ぶよりもマップづくりの方に強く関心を示しました。これをきっかけに、地域安全マップは単なる学外実習から、犯罪予測能力を育てる効果的な教育手法として発展していったのです。

その後、この取り組みは多くの地域や学校で採用され、2008年には「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」として内閣総理大臣をトップとする政府の犯罪対策閣僚会議にも取り入れられるまでに成長しました。

地域安全マップと一般的な防犯マップの違い

地域安全マップ

地域安全マップは、単に犯罪が発生した場所を示すものではありません。むしろ、犯罪が起こりやすい場所を特定し、その場所がなぜ危険なのかを考えさせる教育ツールです。その目的は、単に「危ない場所」を知ることではなく、日常生活の中で危険を察知し、未然に回避する力を育むことにあります。

不審者マップ

不審者マップは、特定の人物や外見に基づいて危険を判断するものですが、これはしばしば誤解や偏見を助長し、逆に防犯効果を弱めるリスクがあります。実際、外見で不審者を判断することは非常に難しく、むしろそうしたステレオタイプが犯罪のリスクを高めることがあります。

犯罪発生マップ

犯罪発生マップは、過去の事件が起こった場所を示すものですが、これは主に警察や行政機関が防犯対策のために利用するものです。一般市民にとっては、ただ過去の事件を知るだけでは、具体的な防犯行動に結びつきにくいという課題があります。その点、地域安全マップは「なぜその場所が危険なのか」を理解することに重点を置いています。

景色解読力と正しい地域安全マップの作り方

地域安全マップづくりの核心は「景色解読力」にあります。これは、場所の特徴や環境から危険を察知する能力であり、犯罪が起こりやすい場所を瞬時に判断する力です。例えば、周囲に家の窓が見えない場所や、建物や植栽で見通しが悪い場所は、犯罪者にとって犯行がしやすい場所とされます。こうした視点で街を観察することが、地域安全マップの基本です。

地域安全マップを作る際の重要ステップ

  • フィールドワーク:実際に街を歩き、写真を撮影しながら危険箇所をチェックする。
  • 景色解読:撮影した写真から、なぜその場所が危険なのかを分析する。
  • コメントと整理:なぜその場所が危険なのか、どのようなリスクがあるのかを防犯キーワード(「入りやすい」「見えにくい」)を使って整理する。
  • マップの作製:地図に写真とコメントを貼り付けて完成させる。

最近、Googleストリートビューを用いたフィールドワーク・シミュレーションが開発され、オンラインでも「地域安全マップづくり」が可能になりました。

地域安全マップの効果と成功事例

 地域安全マップには以下の3つの主要な効果があります。

1. 危険予測能力の向上

地域安全マップの作製は、景色を観察して危険を察知する力(景色解読力)を育てる活動です。実際、大阪教育大学附属池田小学校や東京都目黒区の五本木小学校では、授業前後の児童への調査により、危険予測能力が向上し、結果的に危険な場所を避ける行動が増えたことが確認されています(朝日新聞2005年12月1日、毎日新聞2007年3月26日)。

2. 非行防止と社会性の向上

マップ作成は、子どもたちが協力して課題に取り組む場でもあり、コミュニケーション能力やチームワークを育む機会となります。福山大学の研究では、この活動が子どもたちの社会的スキルと地域への愛着心を高める効果があると報告されています。また、地域住民との信頼関係の構築も期待されます。

3. 地域全体の犯罪抑止

地域安全マップは、地域全体で防犯知識を高めるきっかけにもなります。例えば、大阪府寝屋川市では、マップ作成後に発見された危険箇所が住民によって改善され、街頭犯罪が減少した事例があります(読売新聞2006年11月16日付)。また、大阪府八尾市では、マップを活用した取り組みにより、他の地域と比べて犯罪発生率が大幅に低下したことも報告されています。


まとめ

・地域安全マップは、危険を察知する力を育む実践的な学習ツール

・チーム活動を通じて子どもの社会性や地域愛を育む

・地域全体で防犯知識を高め、犯罪リスクを低減する効果がある

地域安全マップは、単なる地図作成ではなく、危険を見抜く力や地域社会とのつながりを育てる重要な教育ツールです。正しく作成されることで、子どもたちの危険予測能力が高まり、非行防止や地域全体の防犯知識向上にもつながります。これからも多くの地域での活用が期待されます。

地域安全マップについて詳しくはこちら

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小宮信夫

大学教授(専攻:犯罪学)

立正大学文学部社会学科教授(社会学博士)。ケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科修了。法務省、国連アジア極東犯罪防止研修所などを経て現職。専攻は犯罪学。地域安全マップの考案者であり、現在、全国の自治体や教育委員会などに防犯のアドバイスを行っている。『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)など著書多数。公式サイトは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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