子どもを守るために。性被害の現実と私たちができること

子どもの性被害事件は刑事時代に何度か初動捜査を経験しましたが、毎回、心に重いものが残ります。

加害者を逮捕しても、被害を受けた子の心の傷は一生消えない。その現実を目の当たりにしてきたからこそ、防犯の重要性を今も訴え続けたいです。

執筆 元警察官 安井かなえ

子どもを守るために、私たちができること

現在、私は3人の母親です。わが子の寝顔を見ていると、かつて性被害に遭った子どもたちのことが頭をよぎります。もし我が子が同じ目に遭ったらと思うと、いてもたってもいられません。

そして、こうした事件は今も起きています。

たとえば、2025年3月に報道された a 父親らによる性的暴行事件をご存じでしょうか。SNSのグループに少女のわいせつな動画を共有したとして、被害者の父親ら30〜50代の男7人が逮捕されました。
男らは当時6〜14歳の自身の子どもや養女に性的暴行を加え、静止画や動画を100点以上も共有したなどの疑いで逮捕されています。実の父親ですら、犯罪者になっているのです。

このような事態が身近で起こり得る以上、私たちは目を背けるわけにはいきません。
性被害は目を覆いたくなる問題ですが、知ることで防ぐ一歩が踏み出せます。

皆さんにも、子どもたちを守るためにできることがあるはずです。

子どもの性被害の実態

子どもの性被害とは、18歳未満の子どもが性的な行為や搾取の対象となることを指します。具体的には、身体的な接触を伴う虐待(性的暴行やわいせつ行為)、精神的な影響を及ぼす行為(性的な言葉や画像を強制的に見せる)、そして近年急増するオンライン上の被害(SNSを通じたグルーミングや児童ポルノの作成・共有)が含まれます。
こうした行為は、子どもが同意を理解し、適切に判断する能力を持たない状態で強制されるため、深刻な心身の傷を残します。
加害者は子どもにとって身近な存在である場合が多く、被害が表面化しにくいのが特徴です。

1. 被害が起こる状況とは

まず、家庭内での虐待が大きな割合を占めます。親や親族による性的暴行は、信頼関係の中で行われるため、子どもが声を上げにくい環境を生み出します。
次に、学校や地域社会、習い事先などでの知人による被害も起きています。たとえば、教師やコーチといった上下関係のはっきりとした立場を利用し、長期間にわたり密かに行われるケースも報告されています。
さらに、インターネットの普及に伴い、オンラインを通じた被害が急増しています。SNSで知り合った人物が子どもを誘い出し、性的搾取を行う「グルーミング」や、画像を脅迫材料に使う事例が後を絶ちません。これらは物理的な距離を超えて広がるため、防ぐのが難しい現実があります。

2. 統計データ

日本では、2024年の警察庁の報告 a によると、18歳未満の子どもが被害に遭った性犯罪の検挙件数は4850件にのぼり、過去10年で最多を記録しました。特にSNS経由の被害は10年前と比べて3倍以上に増加しています。

世界に目を向けると、WHOの推計 a によれば、女児の約5人に1人、男児の約7人に1人の子どもが何らかの性的虐待を経験しているとされています。これは、国や文化を問わず、深刻な社会問題となっていることを示しています。

3. 子どもの性被害が見えにくい理由

まず、日本では「恥の文化」が性被害の沈黙を助長していると思われます。被害を公にすることは家族や本人の名誉を傷つけるとされ、沈黙が選ばれがちです。

2020年、埼玉県警が実施した調査 a によると、性犯罪の被害女性の約9割が、届け出なかったとの結果が出ています。
これは、性被害に遭った子どもたちも同様であり、誰にも言えず心を大きく傷つけられた子どもが目の届かないところにたくさん存在しているのです。

また、子どもにとって報告のハードルは高いのです。加害者が親や知人である場合、「裏切られる恐怖」や「信じてもらえない不安」が声を封じます。

子どもの性被害は、見えにくいからこそ知る必要があります。隠された現実に目を向けることで、予防や支援の第一歩が踏み出せるのです。データや事例が示すのは、私たち一人ひとりが意識を変え、行動を起こす必要性です。次に進む前に、この実態をしっかりと心に留めておいてください。

母親の目線で感じる子どもたちの傷

2024年に報道された、a ある15歳の少女のことが今でも心に残ります。

彼女は部活の顧問だった教師から、中学時代に1年間にわたり性被害を受け続けました。校舎内の密室に呼び出され、涙を流しながら耐えるしかなかった彼女。

教師は行為をやめず、撮影まで行い、別の生徒も同じ目に遭っていたことが後に分かりました。

この教師は13年後に逮捕されたとき、校長にまで昇進していました。少女が署でその話を打ち明けたとき、彼女は「教師は絶対的な存在で、怖くて被告のおもちゃになるしかなかった」と自分を責めていました。

中学生といえば、部活で汗を流し、友達と笑い合う年頃です。あの少女がどれほどの恐怖と痛みを抱えたのか、想像するだけで息が詰まります。信頼していた教師に裏切られ、密室で泣いても助けが来ない。そんな状況を我が子に置き換えると、耐えられない気持ちになります。撮影された映像が別の誰かに見られる恐怖まで味わった彼女の無力感を思うと、母親として何かしてあげたいと切実に願うのです。

性被害が子どもに与える傷は、見えないほど深いものがあります。専門家によると、こうした経験はPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こし、眠れない夜や突然のフラッシュバックに苦しむことが多いとされています。

13年後に教師が逮捕されたと聞いても、少女の失われた時間は戻りません。母親として、そんな子たちに「あなたは悪くないよ」と伝えたい気持ちでいっぱいです。

被害者を救う支援

子どもの性被害を防ぐには警察の取り組みにも改善が必要です。

例えば、SNSを通じた被害が急増する中、被害者支援の拡充、再発防止対策、監視体制の強化など、早急に進めるべき課題はたくさんあると感じています。

1. 122,806件のSOS、子どもの性被害にどう立ち向かうか

2023年の警察庁データ a によると、児童福祉センターへの通報は1年間で122,806件に上り、過去最多を記録しました。その多くがオンラインに関連しています。私が現役だった頃も、ネット上の証拠を追う難しさに直面したことがあります。

また、子どもへの聞き取り技術の向上も欠かせません。怯える子に無理やり話を聞かせるのではなく、安心して話せる環境を整えることが、真相究明と心のケアにつながります。警察と福祉機関の連携を強化し、通報から支援までがスムーズに進む仕組みがもっと必要だったと、今でも思います。

2. 地域の目が救う命、子どもの異変に気づく力

母親としての視点からは、家庭での予防が大きな力になると信じています。我が子には小さい頃から「誰にも言えない秘密はないよ」と教えています。どんな小さな不安でも話せる関係を作っておくことが、子どもを守る第一歩です。

また、地域でもできることがあります。学校や近所で子どもの様子に異変を感じたら、ためらわず声をかけることが大切です。

私の場合、普段から近所の子にたくさん声をかけているので、休日は近所の子どもたちが大勢我が家に遊びに来ています。まるで溜まり場のようになっていますが、子どもたちと会話をすることで、自分の家庭以外にも安心して過ごせる場があることを知ってほしいと感じています。

例えば、急に元気がなくなった子や、特定の大人を避けるようになった子に気づくだけでも、早期発見につながる可能性があります。

私が刑事時代に見た被害者のひとりは、周囲が気づく前にすでに孤立していました。一人ひとりの目が、そんな子を救う鍵になるのです。

3. 被害後の支援と予防の輪を広げる

事件後の支援も忘れてはいけません。日本には「オレンジリボン運動」のような活動があり、被害を受けた子どもの心のケアや家族支援を行っています。

また、学校での性教育を充実させて欲しいと思います。

自分の体を守る知識や、危険を察知する力を子どものうちから育てることが、被害を減らす一つの方法です。私も我が子に「嫌なことは嫌と言っていい」と教えていますが、それを社会全体で支える教育が必要です。

結局、子どもを守るのは私たち大人一人ひとりの行動にかかっています。

一人が目を向ければ、一つの命が救えるかもしれない。子どもの異変に気づくこと、支援団体を知ること、声を上げること。それぞれが小さな一歩を踏み出せば、大きな変化が生まれます。現実を変える力は、一人ひとりにもあるのです。


まとめ

・子どもの性被害は深刻な問題であり、加害者を逮捕しても心の傷は癒せない。

・性被害を防ぐためには、家庭や学校、地域での予防活動が重要。

・大人一人ひとりの意識と行動が、子どもたちの未来を守る第一歩となる。

・子どもが傷つかない環境を作るために、社会全体で取り組む必要がある。

子どもの性被害についての報道は、目を背けたくなります。報道を見るたびにいつも心に残るのは、小さな子どもたちが体や心を傷つけられてしまったこと。

加害者を逮捕しても、被害を受けた子どもの心の傷までは癒せません。

子どもたちの未来は、私たち大人の手にかかっています。性被害を受けた子が再び笑える日が来るように、安心して育つ環境を作れるように、社会全体で取り組む必要があります。

世の中にはたくさんの「傷ついた子どもたち」がいることを忘れないで欲しいと思います。

一人ひとりの気づきや行動が、彼らの未来を守る一歩になるのです。子どもたちが傷つかず、笑顔でいられる環境を私たち大人が作ってあげたいと願います。

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安井かなえ

元警察官

小学生と幼稚園児までの3人の子どもの肝っ玉母ちゃん。警察庁外国語技能検定北京語上級を持つ。 交番勤務時代に少年の補導や保護者指導を経験後、刑事課の初動捜査班で事件現場に駆けつける刑事を経て、外事課では語学を活かし外国人への取り調べや犯罪捜査などを行う。 現在は、防犯セミナー講師として企業や市民向けに活動中。 好きな音楽はGLAY。

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